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1 薬でますます不安に
2 どうしても完治したい
3 紹介された別の病院へ
4 「てんかん」と「パニック障害」を調べるために
薬でますます不安に
「病気」と言われて、嬉しすぎたあの瞬間から、開放された毎日が送れるかと思って期待していましたが、「発作のときに飲んだら落ち着く薬」が効果があるのは一時で、お医者様からは、
いつかは、効かなくなります。
だからそうなったら違う薬にします。
この病気は一生治りません。
だから上手に、病気や薬と付き合っていくしかありません。
と告げられ、再びどん底に落ちてしまいました。
「頓服薬」は、私の「お守り」でした。
それなのに「効かなかったとき」の話を聞いてしまい、一生治らないと断言され、恐怖に耐えられず、また発作が起こるのでは?と常に不安で、生きた心地がしなくて、どこにもすがる先がなくなってしまい、もう早く死んでしまいたい気持ちでいっぱいでした。
当然人前には出られず、息もできないし、人と同じ空間に居るだけで辛いし、会社には本当のことを言えず、おかしな行動で自分をごまかしながら、フォローを入れることもできず、そのまま退職することにしました。
当時は若かったし、やりたいことがあったのも事実なので、前向きな事情を会社には伝えたような記憶があります。
精一杯の見栄だったし、生きていくために、自分に対しての「希望」を口にしたかったし、あの頃はもうそれしか選択肢もなくて、会社を辞めた後もずっと心のどこかで同じ会社に戻りたいと思っていました。
実は今でも、再びその会社に出社する夢を見ることもあるほどです。
それくらい会社の先輩たちや同僚が好きでした。
父は、単身赴任から帰ってきて、4年ほどで「急死」しました。本人も全く死ぬなんて思っていなかったはずです。
私自身は、生きているけど、ずっとパニック障害で生きづらくて、自分がこのまま生きていていいのか、自分が死ねばよかったんじゃないか、なんで生かされてるのか、耐えられる試練とは思えないほど辛くて、朝起きられず、夕方に目覚めては、「また目覚めてしまった……」と空しい気持ちで夜を迎え、昼夜逆転した生活を戻すことができなくなっていました。
どうしても完治したい
電車も地下鉄も、バスも、利用しないと生活できないけれど、乗るとずっと発作になってしまうので、思い切って引越しをして、病院を変えてみました。
幸い隣町に、一流大学出身者のカウンセリングルームを見つけ、勇気を出して行ってみました。
若い優しい男性のカウンセラーで、リラックスできるように色々工夫をしてくださいましたが、私は人と同じ部屋にいるだけで緊張してしまい、終始ガチガチだったのを覚えています。
女3人家族だったのもあり、男性に対しても緊張してしまうので、一生懸命その場に馴染むように全力で努力しました。
しかし、今までの「病院」の待合室や診察室とは違い、普通のビルの部屋で、予約制だし、気持ちはだいぶ前向きになれました。
ずっとそこに通いたかったのですが、私の場合のように病名がつく場合は、カウンセリングでは「専門外」となり、新しく病院を紹介されました。
今度の病院は少し離れていて、電車とバスを乗り継いで30分くらいです。
紹介された別の病院へ
紹介された病院は小さな個人院で、先生は大学の講演なども行う方でした。
大ベテランの先生に従い、週に3回、頑張って通いました。
しかしある時、「脳波を測りましょう」と検査したときに、私の「脳波」が、
「『てんかん』の特徴と一致しています」
と告げられました。
そこから、毎日大量の薬を飲むことなり、経済的にも大変でしょうと申請を出して手当てをもらうように手配が進められ、また生活が変わっていきました。
「てんかん」と「パニック障害」を調べるために
いよいよ母にも相談したところ、母も心配してくれて、地元の病院で検査を受けなおしてほしい、ということで、別の病院で脳波を測ってもらうと、
「全く『てんかん』ではありませんよ。薬はもう飲まないで、一度きちんと調べましょう」
と告げられました。
あの大量の薬を飲み続けていた間のことも心配になり、事情を伝えて、更に大学病院でCT検査やMRI検査を行い、詳しく調べてみることになりました。
ただでさえ同じ部屋に人と居られないのに、エレベーターにも乗れないのに、CTやMRIを受けるなんて、無理な話です。
案の定発作が出てしまい、鎮静剤を打ってもらって半分眠ったような、起きているような不思議な状態で無事撮り終えたところ、頭蓋骨右目辺りに「ないはずの『骨のようなもの』がある」ことが分かりました。
「てんかん」ではない、とのことで、少し安心しました。
「パニック障害はその『骨』が原因だったのか!」と勝手にスッキリしていたところで、「これが原因かは分からない」「顔の右側がしびれてくるようなことがあればまた来てください」「経過を見ましょう」で終了してしまいました。
「てんかん」ではなかったし、良かったけれど、パニック障害の原因はわからず、不安は残ったまま。
やはり「一生治らない病気」なんだな……ともう受け入れることにしました。
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「パニック障害(パニック症)」に限らず、生きづらさを抱える方のカウンセリングを行っています。
直接話して、元気になりたい!克服したい!と思ってくださった方はボイスマルシェのカウンセラーページよりお越しください。匿名でご相談いただけます。
日程が合わない方はカウンセラーページよりリクエストを出してくださればできる限り調節いたします。
過去のこと・思い当たる原因・出来事も深く関わっている場合も多く、話して楽になることで気持ちを切り替えて行動できる方も多いです。
また、「こうしたら良い」という内容が一人ひとり状況によって違うところが、克服を難しく感じるところだと思います。
病名がなくても、お子さんのことでも良いです。自由にお話いただけます。
あなたの生活やこれまでの体験を伺うことができれば、より具体的なアドバイスができますので、一緒に改善の道を見つけましょう。
一人でも多くの方が元気になることを心から願っています。
元気になったら、皆さんが是非、次に苦しんでいる人を元気にしてあげてください。